堀 晃 のポレポレ通信

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2017年02月17日(金)

体協が「スポーツ協会」となるやも

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新年おめでとうございます 今年もよろしくお願いします
三が日はまさにテレビっ子でした 1日ニューイヤー駅伝、箱根駅伝2日往路・3日復路そして2日、3日はグレイトトラバース、3日囲碁お好み対決と云う次第。それでも2日と3日に小泉山へ下古田口から行ってきた。3日は雲ひとつない好天で八ッはもとより富士山も甲斐駒もよく見えた。2日とも3人のハイカーに行き合い、長田さん夫妻は細工用の松笠を集めていた。どんなクラフトが生まれるのだろうか。

今日は楽走会の走り初めがあり、歩きで参加した。みんなより少し前に行き時計周りに歩く。雲の切れ間からの日差しはまるで春のよう。腕を振って早く歩くということはせず普通に歩くものの2時間を過ぎたあたりから股関節回りが少し痛みだす。呼吸も心拍数も上がらないのに。所要時間2時間50分で予定よりは少し早かったが、それは下諏訪から石彫公園まで追い越して行く人がいたからである。諏訪っ子ランドで汗を流しささやかな昼食を摂る。

昨年の暮れ、信毎に日本体育協会が「スポーツ協会に」名称を変更する動きがあると報じていた。拍手!我が意を得たりである。
実は昭和20年代宮川体協は意気盛んであったが、30年の合併以後は活動が途絶えた。それを復活させようと平成2年元宮川体協で活躍した人たちや今活動しているスポーツマンに呼び掛けて結成したのが「宮川スポーツ協会」。

広辞苑を見る。
体育=健全な身体の発達を促し、運動能力や健康で安全な生活を生む能力を育成し、人間性を豊かにすることを目的とする教育。
スポーツ=陸上競技、野球、テニス、水泳、ボーレースから登山、狩猟などに至るまで、遊戯、競争、肉体的鍛錬の要素を含む身体運動の総称。

私はやらされるのが体育で、自ら進んでやるのがスポーツと信じている。だから宮川スポーツ協会と命名した。平成12年、

茅野市体育連盟を法人化した際「茅野市スポーツ協会」としたかった。役員会は結論がなかなか出なかったが時の矢崎市長が「体育協会っちゅうもんずら」と云うではないか。残念ながら譲った経過がある。
県単位でも体育協会からスポーツ協会と名称変更したとろがあり、これからますます進むだろう。いずれ市町村も追随する可能性はある。茅野市体協は先鞭を切りそこなったのだろうか。1/4

これは1月4日に書いたものであるが、パソコンの不具合によりアップするのが遅れてしまったものです。

Posted by 堀 晃 at 09時22分   パーマリンク

2016年12月04日(日)

世界で一番美しい村

昨日諏訪市でドキュメンタリー映画《世界で一番美しい村》の上映会があり、そのあと報道カメラマンで監督の石川梵さんのトークで締めくくった。
昨年大地震で崩壊した村の人々の生きざまをドキュメントと写真をふんだんに活用したもので、ネパールの高地の景色も美しいがそこに住む人々の心が美しい。悲惨な地震ではあったが村人たちは愛と祈りに満ち、絆は素晴らしい。日本の豊かさと比較するのは難しいが何か懐かしさみたいな感覚になり、大切なものは何かを自身に問うてみたくなった。
日本の登山道よりも険しい所に住み、放牧や農業で生計を立てているようだが、履物はつっかけである。家の復興は進んでいない。帰りに些少ではあるが募金に応じた。
映画は来年3月に銀座の大劇場で1週間上映した後全国で封切りになるという。上映前に世界最年少、2歳で歌手デビューしたというアティティさん(8歳)が美しい歌声を披露してくれた。駐車場で図らずも一緒になった前原村長の清水さんと並んでの鑑賞となった。清水さんはヒマラヤ登山を思い出しながら見ていたのでしょう。

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Posted by 堀 晃 at 11時13分   パーマリンク

2016年12月03日(土)

今は戦前ではないよねぇ

昨日の新聞に来年度予算の軍事費が膨らんでいると出ていた。5年連続の増額である。
それによると過去最大の金額で5兆1千億円に増額する目論見だという。中には地震や台風のなどの災害複旧費も含まれているというので全否定は出来ないが、対北朝鮮、対中国に対して日米が異常な反応を示し過ぎているようでならない。北の挑発もあるがそうさせる日米にも非はある。
最近の報道を聞いていると、年金は減らす、医療費は値上げするなど社会保障は減らす一方である。国民の生活より国の安全と云う名の国防費増はいかにも悲しい。今までにどこの国も軍隊は国民に銃を向けているし、かつての日本軍然りである。
武器の輸出を容認したことにより日本の軍事産業はものすごいのだそうである。(角川新書・武器輸出と日本企業)戦争を止められない理由がここにあるとしたら、恐ろしいことである。
アベノミクスの失敗を隠すための大きな掛け声ばかりで日本は大丈夫でしょうか。
トランプの登場によりTPPは破たんすると云うのに安倍内閣のこだわりは一体何なのだろうか。
28年度補正予算では赤字国債を発行するという。世界最大の借金王国の行く末が案じられる。
ヨーロッパの右翼勢力の台頭などなどまさに戦前に向かっているかのようである。  

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Posted by 堀 晃 at 09時57分   パーマリンク

2016年11月17日(木)

京ヶ倉

92  京ヶ倉  990m 生坂村    2016年11月16日
 11月12日、下川さんの秩父宮賞受賞祝賀会の折り、信毎文化事業財団の津金さんが「生坂の京ヶ倉」面白いよと教えてくれた。信州ふるさと120山にあることは知っていたが標高1,000に満たないので登る対象していなかったが、金井さんの足だめしに行ってみようと誘ったところ「行こう」ということになり、急遽実行した。津金さんに連絡することも無くに。

 生坂小学校を過ぎればすぐシカ除けの柵があり、それを開けて林道を進むと登山口は間もなくであった。登山口には今年4月に転落死亡事故があったので気をつけるようにとの看板が出ていた。当然のことながら安全確保に留意して登る。はじめからかなりの急登であったことに下山の時気がついた。
 
 ペースはいつもよりゆっくりだったので汗もかかず、心臓もドキドキせず、肺もハーハーせず、金井さんも問題ないようだったので安心。道は細いが歩きやすい。落ち葉が厚く径を隠している個所もある。上りしな生坂ダムが見え隠れする。難所にはロープが張られ安全確保に問題はないが、『馬の背』はさすが緊張した。
 
 生坂山脈の最高峰だというが初めて生坂山脈があることを知ったのだ。京ヶ倉山頂で頻繁に里山中心に歩くという地元の人に合う。彼は今年だけで60回も登っていると云い守屋山や入笠山も来ているという。
 
 標高はないが、変化に富んだ言い山である。山全体が大きな岩でてきているように思えた。
 下山して村営の「やまなみ荘」の湯に浸かる。

上り 1時間38分
下り 1時間25分

Posted by 堀 晃 at 11時19分   パーマリンク

2016年10月16日(日)

「原爆・平和の日」を灯す会全国交流会in茅野

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76人が参加して表記の会が15日茅野市役所で開催されました。私は下記のような報告を行いました。

茅野市からの報告     
茅野市運動公園の駐車場入り口に道路に背を向けた形で原爆の火が燃えております。
これは1995年、広島、長崎に原爆が落とされて50年、節目の年に市民の盛り上がりを促して造られたものです。

1995年(平成7年)10月、市民に実行委員27名の連名を持って募金のお願い文書を配布し、
募金は市民各戸から193万円、企業等から282万円、団体が20万円弱であり、茅野市からは100万円出してもらいました。区長会、商工会議所の大きな協力の賜物でした。募金を戴いた方の氏名は和紙に清書し、市役所に保管されています。

9月19日矢崎市長と話し合い、全面的な協力を約束してもらう。建立場所は市役所構内は難しいが運動公園はいかがかと逆提案を受け、21日に候補地を挙げ10月11日現在地に決定しました。
12月7日の建設実行委員会で星野村へ火をもらいに行く人を募り決定しました。

1995年12月17日 原爆の火・平和の塔完成除幕と原爆の火の点火を行いました。
  
1996年8月6日第一回茅野市平和祈念式行い今日まで毎年開催し今年で21回となりました。

1997年9月、『花へんろ』や『夢千代日記』で知られる早坂暁さんをお招きして講演会を開催、映画「夏少女」の上映会を行う。早坂さんの講演は『夢千代日記から夏少女へ』

2003年8月6日、信濃毎日新聞へ「戦争も核兵器もない平和な世界に貢献する日本を」の県民へのアピール事業に賛同し委員長名でメッセージを寄せました。

2004年11月、映画「父と暮らせば」の上演を成功させました。

2005年から毎年広島、長崎の両市長から平和祈念式へメッセージを戴いています。
「過ちは再び起こさないとの強い決意」「私たちが最後の被爆者であってほしい」 と平和への強い思いと核兵器廃絶への連帯を呼びかけるものであります。

2007年燃焼装置が不具合となり取り替えました。特殊なものだけに費用もかかりました。

2010年 市長、議会議長にも呼びかけ人になってもらい、ニュ―ヨークで開催された核拡散防止条約の会議へ市民の声を届けようと7000人の署名を集め届けました。

2014年 なぜ茅野市の運動公園に「原爆の火」燃え続けているのかとの質問に答える形で「原爆の火・平和の塔ものがたり」と云う小冊子を刊行しました。A3の片面刷りで51枚ものになりました。実物がありますのでご覧ください。

2015年、非核平和都市宣言を風化させないために、私たちは原爆の火平和の塔の傍らの大石に、宣言文刻んだプレートを埋め込むことができました。2010年からの念願がかなったのです。

原爆の火を灯し続けるための費用捻出は簡単なものではありませんが、事務局長を長年務めた向井委員長が奔走して、ちひろカレンダーの販売を行いかなりの部分をその手数料を当てていましたが、昨年からはほぼ必要額を茅野市から出してもらうようになりました。碑の周囲の草刈り・草取りは毎年8月の初めに行い、祈念式を迎えるようにしています。式典の後場所を移して被爆者や戦争体験者の話を聞く会を毎年開催しています。

国際紛争を武力によって解決しようという風潮が大分強くなっている世界情勢であります。特にこの道に強く踏み込んでいるのが残念ながら日本の安倍首相であります。トランプのような人が出てきてますます反動勢力が台頭してくるのではないかと心配であります。大変悲しいことでありますがこれを食い止めるのが人類の英知であろうと思います。
「何が無くとも平和が欲しい」、核兵器廃絶まで原爆の火をともし続けようではありませんか。

Posted by 堀 晃 at 09時25分   パーマリンク

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