堀 晃 のポレポレ通信

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2015年11月01日(日)

山の出払い

年中行事の『林野組合』の下草刈りの出払いがあった。わが組合は西山に3ケ所の山がありいずれも少ない面積であり、毎年手入れをしているので半日仕事も余裕である。
四区林野の蛍の出るという場所の草刈りも同時に行うのであるが、刈り倒したカヤ等を域外に持ち出すという仕事も課せられている。湿地であり清流といえる程の水は流れていないので本当にホタルの里に成り得るのだろうか。聞くところによると草刈りをこまめにやるようになったら蛍が減ってしまったという。手入れをしない上流の方が蛍が多くなったというのだから皮肉である。
山の中の刈り草を外に搬出するということの意味はわからない。      

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Posted by 堀 晃 at 15時25分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 40 )

高速道追い越しゼロの運転

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このところ長野市への往復が続いた。
前々から高速道を焦らずに運転したいとの願望があり、一度実践してみたいと思っていたが1台でもゆっくりの車があるとつい1台だけと追い越しをすると、もう止まらなくなって仕舞うのだ。
今回は我慢して我慢を続けてついに実現した。長野まで1台も追い越しをしないで行くことが2回できたのだ。これが快感を覚えるのはなぜだろう。時間はというとカーナビの予定到着時間である。ということは危険を伴う追い越しの連続とあまり変わらないではないか。
達成感もあり、満足感もあるのだから面白い。気分は良い、また追い越しゼロを楽しみたい。

Posted by 堀 晃 at 15時12分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 39 )

2015年10月12日(月)

柳沢真悟師のこと

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10月11日付の『長野日報』紙に泉野槻木舞台を鑑賞する師の写真付きの記事が載っていたのでご覧になられた方もおるものと思います。私は昭和43年ころから付き合いがあり、彼が千日回峰を達成したあと帰郷した際会うことができ、その時、飲まず、食わず、眠らず、伏さずの「四無の行」を行うということも聞いた。心から悟りの境地に入るためのものと理解している。その後「笙の屈百日籠山行」「寺内の百日籠山行」を2回満行している。吉野山へ訪ねたこともあリ、今年は6月に帰郷された時も訪ねてくれました。
こんな稀有に人間が茅野市から出たことは誇りでもあります。これだけ熱心に信仰の道を突き進んだ修験僧は、今日本にいるだろうか。マスコミに取り上げられてはいるものの、地元にはあまり知られていないようだ。
槻木舞台の鑑賞に、市長、教育長もお見えでしたので紹介し、師の話を聞く機会作っていただきたいとお願いしました。具体的な日程に乗せていただくよう進めたいと思っています。
翌日帰りがけに茅野市内にあるもの凄くリッバなお墓を案内する。どんな感想もっただろうか。

Posted by 堀 晃 at 21時27分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 42 )

米の収穫終わる

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9月の雨の影響で若干遅れていたが、漸く秋の穫り入れが終わった。機械化が進み、米作りも私が青年期に行ったものとは大変な違いである。少ない反別ではあるが昨年よりは8%の増収であった。品質もきれいなもみで精米にした時の減歩もよかった。
4日にコンバインでやってもらい、5日にもみすりが終わり、7日にはワラも片付いた。
エコファームの田圃も5日の午後から始まり8日には配達まで完了。
10年間やってきた「両久保エコファーム」も今年が最後の収穫作業となった。折角茅野市で最初で最後になるかもしれない活動が終わってしまうのは何ともさみしいことであるが、ほぼ目的は達成されたので良しとしたい。詳しいことは年内にまとめる『記念誌』で明らかにしたい。

Posted by 堀 晃 at 21時24分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 48 )

2015年10月04日(日)

皇族の生花を見る

9月27日、葬儀会場に入って驚きました。正面に寛仁親王妃という生花があるのです。
私が高校を卒業して以来陸上競技を通していろいろお世話になったYさん、このことは当日の『弔辞』で語りました。
三笠宮寛仁(ともひと)親王は三笠宮の長男で今上天皇とはいとこになります。
Yさんの息子さんが宮内庁へ勤めていることは初めから知っていたし、Yさんが皇居に招待された時のことなど聞いてはいたものですが、生花を皇族が出すとは思ってもいなかったので感激しました。宮内庁秘書課、宮内庁生協の花もありました。私のも少し離れたところに供えてありました。
頼りとしている先輩が相次いでいなくなりさみしい限りです。

Posted by 堀 晃 at 20時48分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 42 )

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