堀 晃 のポレポレ通信

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2015年10月12日(月)

柳沢真悟師のこと

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10月11日付の『長野日報』紙に泉野槻木舞台を鑑賞する師の写真付きの記事が載っていたのでご覧になられた方もおるものと思います。私は昭和43年ころから付き合いがあり、彼が千日回峰を達成したあと帰郷した際会うことができ、その時、飲まず、食わず、眠らず、伏さずの「四無の行」を行うということも聞いた。心から悟りの境地に入るためのものと理解している。その後「笙の屈百日籠山行」「寺内の百日籠山行」を2回満行している。吉野山へ訪ねたこともあリ、今年は6月に帰郷された時も訪ねてくれました。
こんな稀有に人間が茅野市から出たことは誇りでもあります。これだけ熱心に信仰の道を突き進んだ修験僧は、今日本にいるだろうか。マスコミに取り上げられてはいるものの、地元にはあまり知られていないようだ。
槻木舞台の鑑賞に、市長、教育長もお見えでしたので紹介し、師の話を聞く機会作っていただきたいとお願いしました。具体的な日程に乗せていただくよう進めたいと思っています。
翌日帰りがけに茅野市内にあるもの凄くリッバなお墓を案内する。どんな感想もっただろうか。

Posted by 堀 晃 at 21時27分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 42 )

米の収穫終わる

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9月の雨の影響で若干遅れていたが、漸く秋の穫り入れが終わった。機械化が進み、米作りも私が青年期に行ったものとは大変な違いである。少ない反別ではあるが昨年よりは8%の増収であった。品質もきれいなもみで精米にした時の減歩もよかった。
4日にコンバインでやってもらい、5日にもみすりが終わり、7日にはワラも片付いた。
エコファームの田圃も5日の午後から始まり8日には配達まで完了。
10年間やってきた「両久保エコファーム」も今年が最後の収穫作業となった。折角茅野市で最初で最後になるかもしれない活動が終わってしまうのは何ともさみしいことであるが、ほぼ目的は達成されたので良しとしたい。詳しいことは年内にまとめる『記念誌』で明らかにしたい。

Posted by 堀 晃 at 21時24分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 48 )

2015年10月04日(日)

皇族の生花を見る

9月27日、葬儀会場に入って驚きました。正面に寛仁親王妃という生花があるのです。
私が高校を卒業して以来陸上競技を通していろいろお世話になったYさん、このことは当日の『弔辞』で語りました。
三笠宮寛仁(ともひと)親王は三笠宮の長男で今上天皇とはいとこになります。
Yさんの息子さんが宮内庁へ勤めていることは初めから知っていたし、Yさんが皇居に招待された時のことなど聞いてはいたものですが、生花を皇族が出すとは思ってもいなかったので感激しました。宮内庁秘書課、宮内庁生協の花もありました。私のも少し離れたところに供えてありました。
頼りとしている先輩が相次いでいなくなりさみしい限りです。

Posted by 堀 晃 at 20時48分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 42 )

2015年10月02日(金)

最近読んだ本

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日暮れ前の八ヶ岳 自宅の2階から 電柱が50本も邪魔をする。

『ピッケルとヴィーゼ』―清水澄の足跡―
7月まで4期にわたって原村長を務めた清水さんの足跡を原村在住の早坂さんが筆にした。9月26日に茅野市役所で「今、長田新に学ぶ―命を大切にする教育とは何か―」と題するシンポジウムがありその席で清水さんから戴いた。
清水村長とは清水さんが村会議員のと、社会教育委員として何回か同席したことがあり、ヒマラヤへ何回も行った登山家であるということは知っていた。本を読んで改めて登山家としての清水さんに敬意を表した次第です。本の中にある吉野豊彦さんとの対談は私も原美術館で聞いていたので懐かしかった。その時求めた吉野さんの色紙は今もポレポレ亭に飾っている。
読了して清水さんのことはわかったが何か物足らないものを感じたことも確かである。村長としての長い期間のことがいまいちだし、何よりも自身の筆での語ってもらいたいという思いが強いのである。たびたび聞いた清水さんのあいさつは、他の首長とは一味違うものがあった、文学的でもあったのである。今後に期待するものあり。

又吉直樹『火花』
芥川賞受賞作である。読んで面白いのは直木賞であり、本屋大賞の受賞作である。が、たまには芥川賞もよいものである。
私は漫才も落語も好きで(特に落語が好い)あるがいわゆる≪お笑い≫は肌に合わない。だからテレビを見てもそのたぐいはみない。この小説は漫才師が先輩との交流を描いたものであるが、関西弁が入ることから読みにくいし、論じていることのその先にあるもが理解しにくくて、いまいちの感である。発想は現実離れしていて面白いが、お笑い芸人が書いたものにしては笑えなかった。

原爆の子の父長田新 川島弘著
茅野市出身の教育学者、日本のペスタロッチ、諏中出身、原爆の子の編集者と断片的に知ってはいたが詳しくは知らなかった。この本を読んでなるほどと納得した。ふるさと文化を守る会が長田新たを取り上げて顕彰事業をするゆえんである。去る9月26日のシンポジウムは120名以上の人が集まった。私も感じになってくれと言われて準備会に出席していた。
この本は川島さんの積極的な取材により長田新を浮き彫りにして、文章も子どもでも読めるように心掛けたというだけあって読みやすい。次の文はあとがきの中の一節。
 「教育の危機が叫ばれ、子どものしあわせと人類の平和がこれほどまでに脅かされている時代はかつてありませんでした。しかし、そうした時代であるからこそ、私たちは、改めて長田新の人と教育を振り返り、その現代的意義を問い直し、その志を引き継ぐ決意をすべきではないでしょうか。とりわけ、子を持つ親や学校現場に立つ教師にとって、平和のための子育て、そして教育はイデオロギーや立場を越えて最も重要な任務であると思います。そのことを長田新は言葉と行動を通して私たちに教えてくれました。」

Posted by 堀 晃 at 22時29分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 50 )

2015年10月01日(木)

日向山へ行ってきました

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9月28日、白州に「日向山」という山があって頂上が白砂という珍しい山へ行ってきました。
日向山は北杜市白州道の駅から入るもので、標高1660m、なかなかの人気のある山だそうです。休日は駐車場が満杯になると聞いたので平日を選びました。朝早い時間に行ったのですいていましたが、帰る時は満杯になっていました。
実はお盆の16日に計画したのですが、参加者が少なすぎて延期していたものです。28日は写真のメンバーが集まり楽しんで来ました。帰りは尾白の湯にて入浴と昼食。

6月25日には白駒の池から「二ュウ」「稲子岳」帰りは中山、丸山を越える。これは10時間近くかかる。
無理をしないで登れる山を選んでこれからも「山行」を続けたい。

Posted by 堀 晃 at 11時41分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 57 )

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