2010年02月07日(日)
茅野楽走会30周年、姉妹都市へ
今年の3月11日、長野県内の走友会第1号として発足した『茅野楽走会』が30周年を迎える。今までも5,10,15,20,25周年の節目に記念事業を行ってきた。30周年最初の事業は、「揃って同じ大会に参加する」ことで、姉妹都市の旭市で開催された「飯岡しおさいマラソン」を選び、今日参加して来た。参加者は18名で、昨日行く途中、東京都庁の展望から都内を展望すると言うまたとない企画を、担当者がしてくれたことは収穫だった。成田山へ立ち寄ると言う付録もまたよい。
今日も風は強かったが、みな元気で予定よりよいタイムで、楽しく完走できたことが何よりもよかった。進藤さんは40歳代ハーフマラソンに、6位入賞という成績でおめでとう。昨年は中島さんが2位だった。バスを仕立てて参加するのは3回目で、森町のときも、袋井・掛川のときも入賞者を出している。
今年も大会長を務める神子功体協会長からイチゴの差し入れを戴いた。うれしい限りである。
30周年記念は、6月に皆で42.195kmを走る『リレーマラソン』と祈念祝賀会を行い、記念誌を発行する計画である。 私は、直前会長・創立者として、実行委員長を仰せ付かっている。各部会の皆さんも真剣に取り組んでいるので、実のあるものになるよう努めたい。
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2010年02月05日(金)
災害に強い森づくりの研修会
2月4日、諏訪地区3市議会の議員研修として『災害に強い森づくりと健全な森づくり』について諏訪地方事務所林務課長、係長を講師に開催されました。*森林の持つ公益的機能、*歴史上での森林消失の危機、*森林の現況、*林業の現状と課題、*間伐、*里山整備などを学び、*平成18年と21年の災害状況、*治山施設の効果、*治山事業の展開について話を聞きました。
静香苑に被害をもたらしたうとう沢は7基の「谷止工」など1億以上の予算で発注済と言うことでした。
森林整備も樹齢からして間伐は今が最適期、そして収穫期(主伐)を迎える。そのあとどうするかを伐る前から考えておく必要があるのではないでしょうか。放置して自然に生えてくるのを待つのか、植栽するならどんな種類の木にするか、苗木はどうするのか。
苗木については中国やモンゴルなどの砂漠をみどりにする活動をしている信州大学の山寺名誉教授によると、災害に強い木というのは直根が伸びていることだと言います。だから苗作りが大切だと。災害にあったところの落葉松は直根がなかったと言うことです。この説は大変説得力のあるものでしたので、県としても、直根のある苗木づくりについて山寺先生の方法を採用してもらいたいものと思います。
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2010年02月03日(水)
従心のミクロサロン
高校の同年生で関東地方に住む仲間たちが、時々集まって気勢を上げているらしい。そして、会誌の発行を始めて第10号を迎えた。これに特別寄稿を依頼されるままに拙文を投じた。生まれてこの方、諏訪の地を出ない『井の中の蛙』であるものが、何を書けばいいのか悩んだのであるが、6市町村の合併に関わる1件から、観光不況、取り組んでいる「八ヶ岳山麓スーパートレイル」のことなどを書いた。
限られた紙面のことゆえ、物足りないものになったが、議員としての目線などもいくらかは伝わったことと思う。
ミクロとはK君の経営する会社名であり、近くの者が月々集まっておしゃべりをしたことから始まり、今では関東一円から集まり、会員数は41名と膨れ上がり、年に2回ほど会場を変えて集まっている。今年の4月は伊豆らしい。
会誌は01年が第1号。10号はA4版58ページの大作である。内容も、元社長、大学教授、大手商社員などそうそうたる連中だから、品あり、学有り、薀蓄の披瀝合戦の様相である。
今から5年前、横浜で中学の同級会のあと市川市の会社へK君を訪ねたとき、詳しく聞いて一度参加してみたいと思いながら、まだ叶わない。大志を抱いて都会へ出て、功成り、名もある連中の仲間へはとても入れないとも思うが、皆一様に『従心』なのだ。
「従心」てなんだと思いながら辞書を開いたら、論語にあるようだ。〔70にして心の欲する所に従って矩を踰えず〕又70歳の異称と。
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2010年02月02日(火)
ひばりヶ丘区総会
1月31日、お隣のひばりヶ丘区の総会に出席させていただきました。
昭和36年から43年にかけて建設された市営住宅の老朽化に伴い、平成3年度に建て変え計画を策定、平成8年度にA棟18戸、9年度にB棟6戸、15年度にC・D棟12戸、17年度に高齢者用27戸計63戸の立替が終わっています。
これは当初計画の30%という進捗率であります。10年以上経っていることで20年5月「茅野市公共事業再評価」のなかで、市内の住宅ストック、今後の人口推移を勘案し立て替え事業の中止を決めました。この間旧住宅の取り壊し・造成を行ってきました。そして北側の市営住宅は、寿和寮になったところ以外の70戸はそのままにしてあるものの、立て替え計画ゆえに入居募集を中止していました。1月下旬に巡回調査したところ、70戸のうち39戸が空き家でした。勿体ないことです。現経済情勢下、入居希望者が有るものと思います。
ひばりヶ丘区としては多いときに比べて大幅に減となったために、区政運営にも支障をきたしているとのことです。高齢者住宅のE棟はごく僅かしか入区しておらず問題も多いようであります。
区としてはこれらを解消するために、跡地を分譲地として販売することを望んでいます。定住者が多くなることのメリットは大きいと思いますが、市としては「大変難しい」と言う見解であります。法的な規制があるのは判りますが、地域としては切実な問題であるだけに大切にしたいものです。
Posted by 堀 晃 at 10時33分 Comment ( 0 )
議会運営委員会視察研修
1月28日、議運の研修を埼玉県鶴ヶ島市へいって行いました。議会改革の先進地として全国から視察が絶えないと言うことでした。議会事務局長さんと、議会改革推進委員長さんが対応してくれました。
鶴ヶ島市は埼玉県の中央に位置し、人口は約7万人で、面積は17.73ku、茅野市の1/15のところに1.3万人も多くの人がすんでいることになります。一回も合併せずに村から町になり、平成3年に市制施行した、ベットタウンとして膨らんだところです。圏央道、関越道が通り鉄道も都心と結ばれています。
改革は17年からスタートした。
1、定数を24から18へ6減。
2、費用弁償と日当を廃止(茅野市では以前からない)。
3、常任委員会の質疑を1問1答方式にする。
4、政務調査費の使途見直し。
5、改革検討委員会を設置。
6、15項目の改革事項を決める。
7、議会傍聴規則を変更し、撮影及び録音を許可制にした。8、議会報告会を開催。
9、議会だより(年4回)に議員の賛否を掲載。
10、常任委員会に自由討議を導入。
11、一般質問を一問一答にした。
12、議会基本条例を制定した。
13、議会改革検討委員会を「議会改革推進委員会」と改称した。
「議員や議会は一定の『カセ』をはめられることになるが、議会は活性化されたか」との質問に委員長は「その通りだ、議員は意識を変えざるを得ない」と胸を張った。
開かれた議会、市民との接点を求める議会、自由に討論を行う議会へ進もうとしている姿が好ましく思いました。
議会基本条例は茅野市でも議長選での公約があり、進められると思っていたが、突然どこからか圧力がかかったのか「任期中は取り組まない」という議長報告があった。唖然としてものもいえないと言う雰囲気であった。議員のためでもあるが市民のためにあるべき姿を明確にしなくてはならないと思います。
Posted by 堀 晃 at 10時26分 Comment ( 0 )
万年橋完成祝賀会
田沢の万年橋完成に伴う式典と渡り初めが1月24日に行われました。
万年橋は田沢と東向丘の間を流れる弓振川にかかる橋で、自動車の検定には使えないほどの橋でした。田沢区としては何年も改修の要望を出していたが、先が見えず諦めかけていたところ市から話があり一挙に進んだと言うことです。用地買収から今日まで『建設委員会』の皆さん大変お疲れ様でした。
橋を渡った先にはかなりの耕地があり、利便性は大きく向上したし、東向丘の皆さんの交通の便大変よくなりました。田沢の宿中を抜けて、市役所や中央病院へのアクセスが将来の課題になりそうです。
Posted by 堀 晃 at 10時22分 Comment ( 0 )
2010年01月02日(土)
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
年の初めはいつもの様に始まりました。先ず除夜の鐘を撞きに紫雲寺へ、小5と小2の孫を伴い行ってきました。住職さんのあと総代さん、そして一般の人でした。お参りをしておでんを戴き、3人で一緒に3回撞き、破魔矢をいただいて帰りました。
運動公園の「原爆の火・平和の塔」にお参りするのもいつものこと。8月6日の「平和祈念式」の実行委員長をやっているということもありますが、過ちを繰り返さないということと、核兵器をなくし、いつまでも平和が続きますことを願ってやまないからです。
元旦マラソンも「ランニングで新しい年のスタート」すると言って始めた年中行事、今年も市内外から大勢の参加がありました。
小泉山でカモシカに遇う
2日、箱根駅伝のテレビ観戦をしていたが、余りにもCMのために途切れ途切れになり面白く無いし、10時からの舟久保の新年会には時間があったので、小泉山へ行ってきました。粟沢口から登り、南小泉口を往復して粟沢口へ降りる。
頂上のすぐ下でカモシカに遇う。登ってきた人に話したら、その方はもう5年も観察しているということでした。きれいに間伐されていて気持ちが良いが、カモシカの食する広葉樹の潅木がきれいに切られているのでと心配していました。ニホンジカや、狸を見たという常連の人もいるが、私は昨年は何回か登ったが小鳥さえも見たことが無かったのです。
今まで「榊」だと思って見ていた木は、「ソヨゴ」らしい。
Posted by 堀 晃 at 21時38分 Comment ( 0 )
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